
カウンターには、60℃と90℃の2つの燗床(湯煎をするための器)。もっとも熱伝導率がよく、キレが増すという銅のちろりほか、5種の酒器で燗をつける。「調理にたとえると銅は “焼き”。錫は“煮込み”、ビーカーは“蒸し”、ステンレスのデキャンタージュ容器は“揚げ物”、チタンは“薪料理”と、それぞれの酒器で調理をイメージして燗をつけています」
燗酒は、体にやさしい
髙崎さんによると、燗酒の大きな魅力は体へのやさしさ。温めることで体内でのアルコール分解が進みやすくなり、二日酔いになる心配もほとんどないという。
「お酒を飲むと、体温と同じくらいの温度でアルコール分解が始まるそうです。つまり、冷酒に比べて燗酒のほうが分解されやすく、翌朝の目覚めもすっきりします」
もう一つは味覚。人間の舌は冷たいものほど味を感じづらく、30〜40度の温度帯から味を美味しく感じやすくなる。日本酒も燗酒にすることで味わいが増し、料理とのペアリングの幅が広がるという。
「そもそも冷酒を楽しむ文化は、冷蔵技術が発達した現代のもの。本来、日本酒は温めて飲むものでした。さらにいうと昔の米は、身近な有機物を循環させて栽培する無農薬栽培が当然でした。そうした米は糠までおいしいんです。だから自然農法など無農薬栽培米で造られた酒は、糠を削る必要があまりなく、いやな雑味がまったくありません。温めることでそのナチュラルなおいしさがふくらみます」

「しぜんしゅ めろん3.33」(福島県郡山市・仁井田本家)ベルガモット燗58℃×マツカワガレイの刺身
チタンのちろりで温め、仕上げに国産ベルガモットの皮を落として香りをつける。「温めたお酒が刺身の油分を溶かし、うまみを増幅させます。ベルガモットの香りが爽やかです」

「水を編むーアグリロードー」(福島県南相馬市・haccoba)53℃×ナメタガレイのわら焼き
繊細できれいな酒質が、ナメタガレイの淡泊な味わいと同調。仕上げに自家製からすみをたっぷりふりかける。「からすみのうまみは日本酒との相性がとてもいいんですよ。わらのスモーキーな香りが加わります」

「黄金蜜酒」(山形県長井市・鈴木酒造店)68℃×茶碗蒸し
「黄金蜜酒」は、クリアで洗練された味わいの本みりん。ホンビノス貝と豆乳の茶碗蒸しをひと口味わってから飲むと、口のなかでキャラメルプリンのような風味に。「途中でミルクの泡をのせると、糖度の高い本みりんを最後までおいしく楽しんでいただけます。このペアリングが髙崎のおかんの定番の“オチ”です」
燗酒を飲むと“土壌”が見えてくる
燗酒に向く日本酒の酒質とは、どのようなものだろうか。髙崎さんは香りや味わいはもとより、何よりも“土壌”を重視しているという。
「日本酒の原料となる酒米は、山田錦や雄町などの有名な品種があります。しかし、僕が燗酒のための日本酒を選ぶときに、いちばん重要だと考えているのは品種よりも土壌です。なぜなら日本酒は温めることによって、酒米の素性、土壌までもが明らかになると思っているからです」
また、燗酒と料理のペアリングで重視しているのは、生産者の“思想”。同じ方向を追求する生産者たちが表現したいことを、温度によってひもづけたいと髙崎さんは続ける。
「うちの店では自然米100%で純米酒のみを醸す仁井田本家など、健やかな土壌で育った米の酒を中心にそろえているので、食材の農産物も自然栽培や有機栽培のものが中心となっています。健全な農と食の価値を伝え、その評価をより高めていくことが、飲食店の役割であり、僕はそれを燗酒で表現したいと考えています」